2006年07月03日

緑の傘編(01)

<緑の傘1>
前夜、父に呼び出された。
「いいか。父親になるっていうのは、『緑の傘』になることなんだ。自分の傘を思い出してみろ。夏冬問わず雨から、ただただ黙って守ってくれただろ。でもな、守ると言っても、傘が守ってくれるのは、雨の日だけだ。」
 父はタバコに火を点ける。
「父親って言うのは、子供が辛いときだけ傘となって身を守ってあげればいいんだ。俺は、そう思う。」
「緑じゃなくてもいいじゃん。」

B:中々、掴みがいいと思う。「ああ、語り手に子どもができたんだな」ってことが、なんとなく分かる。
A:確かに。そして父親を傘に喩えて、さあだからどうなるんだ、と思ったところでお終い。ちょっと、どうしたらいいのか読んでいて困った。投げ出されてもなぁ、と。
B:そうそう、主人公の科白は笑えていいと思うんだけど「だから何?」だよね
A:これって、比喩に使おうとしたけど使いこなせなかったごめんね、みたいなことなんだろうか。そんなこと言われてもね。
B:もしかしたら、緑の部分がなにかの比喩になっていたら、良かったのかも。葉っぱ、とか? いやいやいや、そうじゃないね。緑の傘=葉っぱだったら、ありがちだね。
A:というか、緑の傘自体は、何の比喩としても使われていないから、ただの強牽付会としか思えない。むしろこの話がここにあること自体が疑問
B:ここにあることって?
A:このテーマの参加作品として存在していること。
B:まあ、応募するのは自由だから。
A:そりゃあね。場にそぐわないだけで、居ることは自由だろうけど。
B:そこまで悪いとは思わないけどなあ。
<緑の傘2>
「やめてくれよ。ぬれちまうよ」
雨が降っている。たいした雨じゃあない。
「酸性ウだったらどうするんだよ。俺、溶けちゃうよ」
カサが僕を見ている。同情を売る気だ。
「きっと、すごくツメタイんだ。風邪ひいちゃう・・・・・・」
僕だって濡れるのはいやだ。
持ち上げようとするけど、動かない。排水用の溝に爪を立てている。
「アマがえるのくせに」
ビクともしない。だめだこいつ。
雨はまだ上がらない。家に帰ったらシャンプーをリンスしよう。あぁん。
「ぶんぶん振るなよ。怖いんだから」
青い空の下に出てひっぱると、今度はおとなしくカサになった。
「こういうのもいいね」聞こえないようにつぶやいて、青いカサをぶんぶん振った。
「抜ける抜ける」と、毛根が騒ぎ出した。あぁん。

B:何が悪いんだろう?
A:いささかレトリックが過剰、かな?
B:とりあえず、ねえ。「すごくツメタイんだ」ここは「すごくツメタいんだ」の方がいいと思う。
A:「爪を立てている」との兼ね合い?
B:そうそう。
A:「今度はおとなしくカサになった」で引っかかってしまった。カサじゃなかったのか、って。
B:カサなのか、アマがえるなのか、毛根なのか、よく分からないよね。
A:もしくは「今度はおとなしく傘になった」なら、傘の機能を果たすようになった、とか読めなくもないかな。
B:四行目まではいいなと思う。というのも三行目で「酸性ウ」と言っているのに、五行目では「きっと、すごくツメタイんだ」とあって、もしかしてその場その場で思いついた文章を書いているのかなあと思ったから。
A:カサ=髪の毛、だったりするのだろうか
B:ほほう。
A:雨が上がって、帰宅して、頭を洗う。そういう話?
B:納得しかし、分かりづらい
A:非常に分かりづらい。やっぱりレトリックの過剰ではなかろうか。
B:うん。どこらへんが、緑(青)の傘なのかも分からない。酸化したら、青になるのかな?
A:緑色に染めた髪の毛? だとしたら珍しい
<緑の傘3>
 傘をなくしちゃったので握るところの先ににっこりカエルくんの頭が付いた緑の傘を買ってもらった。
 雨が降ったのでカエルくんの傘をさしてお出かけした。
 風が吹いたのでカエルくんの傘が飛ばされた。
 地面に当たってカエルくんが傘から取れちゃった。
 傘から取れたカエルくん雨に降られてにっこりした。

B:面白くないね。
A:最後の一行がなかったら、私もそう思った
B:あれ、ってことは最後の一行があるがゆえに高評価?
A:最初の一行でなくなった傘、最後の一行で解放されるカエルくん、この対応が傘の行方不明の理由を想像させる。
B:もしかして、ループしてるってこと?
A:ループしてるかどうかではなくて、傘は別のものでもいいけれど。人は傘をさそうと、雨を嫌うけれど、傘は雨が好きなのかもしれない。だから、人を待ちきれずに、先に雨の中へといなくなってしまうのかもしれない。とかいう想像が働く。こうなると、他の三行の味も素っ気もない語りが、想像の邪魔にならなくて良い。
B:それは深読みなんじゃないかなあ
A:深読みかなぁ。
B:まあ、読み方は人それぞれ、千差万別だから、Aの言いたいことも分からなくはないけどね。
<緑の傘4>
何の前触れも無く落ちてきた青葉は、サトウさんが落した物だった。
サトウさんというのは、義兄の姉のお隣さんの古い知人であり、私とも遠縁に当たるという人である。なんだかよく分からない道楽のような仕事をしていて、私とは、年に一度しか会えない。
毎年、この時期になるとサトウさんは此処を訪れ、トラックの荷台いっぱいの桜の花びらを、今では青葉の茂る、桜だった木の根元に散布していく。
染井吉野、兼六園菊、八重紅枝垂、普賢象。あと、私の知らない沢山。

来年もまた、柔らかな光に映える薄紅達が降り注ぐように、と祈りを籠めながらサトウさんは桜の花びらを運ぶのだそうだ。
荷台が空になる頃にはもう、私の身体はすっかり、桜の花びらと同化してしまっている。
「じゃあ、また来年に」
「また、来年、ね」
額の前で、ポーズを決めてサトウさんは帰っていく。私は、花弁に埋もれた掌で、姿が見えなくなるまでお見送りをする。

エンジンの音が聞こえなくなると、私にはもう眠ることしか出来ない。
サトウさんがばら撒いて行った花弁は、斑に透ける白い光の下で、まるで百年のように長い時間をかけて緩やかに腐敗し、土へと還っていく。

B:ちょっと読みづらいね。
A:うん。
B:漢字をもう少し開いたほうがいいのと、句読点の位置にもっと気を配る必要があるんじゃないかな。
A:「薄紅達」は「薄紅たち」のが良いだろうな、とかね。
B:この展開を書くのなら、私をサトウさんの遠縁にするのではなく、桜にしてしまった方が絶対にいいと思う。
A:え、うーん、桜じゃないの?
B:桜なのか、根なのか、土なのかよく分からない。
A:いや、桜だよ。緑の傘だよ、だって
B:え、そうかなあ
A:葉桜でしょ。
B:あ、もしかして私=葉桜で、サトウさん=言わば花咲か爺さんってこと?
A:まあ花咲か爺さんでなくても、風とかでもいいけど、そうじゃないかな
B:ほむほむ。
A:読みにくい以外は、大樹の存在感があって良かったと思う。
<緑の傘5>
 雨が降り続く憂鬱の時期には真面目をカタカナにしてしまう恐ろしいまじないがあるみたいだぜ。シンリョクのキセツにアラワレル、ソラ、ブンガクがカタラレルヨ。サミダレ、ツユ、アラシ、タイフウ、アキサメ、ミゾレ、コトバはまるでボーヨミのヨーニ、クルクルマワセ ツカッタ ニオイ ニ マミレタ パラソル を

B:これはリズム感があっていいね。特に「コトバはまるで」以降が秀逸。逆に言えば序盤がちょっと冗長かな。終盤がスピーディなだけに。
A:ああ、そこは確かに「ボーヨミのヨーニ」は面白いね。でも、なんか、それ以外に良さが分からないな。
B:そう。リズム感だけでなく、意味があればよかったね。
A:特に気になったのは「サミダレ、ツユ、アラシ、タイフウ、アキサメ、ミゾレ」という語の選び方。直前に「シンリョクのキセツ」とありながら、ここで季節感がめちゃくちゃ
B:う、そこはちょっと疑問。アジサイとか、カタツムリを入れてイメージを梅雨に固定させてほしかった
A:ああ、そうか「ツカッタ ニオイ ニ マミレタ パラソル を」か。ここにテーマあり、か。
B:そうだよ、そうそう。
A:理解した。後半は秀逸。季節感はむちゃくちゃ。カタカナを使っている点については?
B:素晴らしいと思うよ。動きがあって風を感じる。
A:「まじない」を平仮名にしていたりして、だんだんと壊れているような演出にも見えるけれど
B:そうだね、少しずつ加速していっているような感じだね
A:けれど、それが何を表しているのか、ちょっと。リズムに誘導しているのかな。
B:まあ、リズム命の作品ということで、いいと思う。
<緑の傘6>
 傘が回っている。くるりくるり、ゆっくりと。
 やや大きめの傘だ。淀んだ深海のような濃い緑色をしている。
 傘の上では白、黄、紫、だいだい、黒、青、灰の色の鼠が走っている。傘の回転に速度を合わせて、同じ方向に向かってせわしなく四本の小さな足を動かしている。
 その上には尻尾を荒縄でしばられた八匹の虎猫ぶら下がっている。虎猫は鼠に向かって前足を伸ばし、銀色の鋭い爪を出している。しかし、後少し届かない。その爪が空を切る度、ぶらんぶらんと八匹の虎猫は揺れる。
 傘の下には母と妹がいる。ふたりは下着姿でディープキスをしている。喉が焼け切れるほど何度も何度もお互いの舌を交換している。妹の右目はまち針で留められたように大きく開かれている。
 ぼくはマンションのベランダから双眼鏡を使ってその姿を覗いている。

 傘が回っている。くるくるくる。
 若干その速度は増したようだ。

B:来たね。
A:うん?
B:今日、初めての難敵じゃない?
A:かな? なんか、あんまり、たいしたことないように見えるけれど
B:いや、すごいと思う。まずはその発想が、そして作品から喚起されるイメージが狂気的。ただ、もうほんの少し手が届いていないという気もする。
A:緑の傘から、ここに持ってくるのは、確かによくやるなぁ、とは思うけれど。イメージといっても、ごちゃっとまとめただけのような、あまり繋がりが見えてこない。
B:細かいところでは、例えば、鼠の色。「傘の上では白、黄、紫、だいだい、黒、青、灰の色の鼠が走っている」ここで「だいだい」だけひらがなで書けるのがすごいと思う。ふつうだったら、ここは躊躇して「橙」と漢字表記に甘えてしまうのではないかな
A:そうか「灰」を入れて考えれば、確かに不思議なくらいだ。もしかして、猫と鼠は、どっちかが母でどっちかが妹だったりするのだろうか。
B:ううん、どうだろう。それは考えなかったし、違うような。
A:違うよね。
B:もうひとつ面白いなと思ったのは、傘の回転が加速している点。一行目では比較的ゆっくりなのが、最後では速度が増しているとある。これは鼠が猫に脅え、母と妹がキスに熱狂し、見ているぼくが興奮しているからじゃないかなと思う。
A:それはそうだと思うけれど、普通に比喩では?
B:え、何の比喩?
A:感情の激しさを速さであらわすとかは。
B:ああ、うん。だから、感情を速度で表してしまうところ、しかも変な感情によって加速するところが、狂気的。
A:変な情景を冷静に描いている、とは思うけれど、狂気の存在は感じないなぁ。
B:「尻尾を荒縄でしばられた」猫といい、「下着姿」の「母と妹」といい、「まち針で留められたように大きく開かれている」といい、それらを観測しているぼく=母の息子で妹の兄、という構図は実に気持ち悪い。狂気的というより、気持ち悪いと表現した方が正しいかもしれない。それも何だかよく分からないけれど、何となく倫理に反しているような気がする、という意味での気持ち悪さ
A:まあ気持ち悪さはあるかもね。「まち針」はちょっとドキッとはした


B:じゃあ、今日やった分の集計結果を見てみますか。お、<緑の傘5>が、根多加良さんじゃない。
A:ねぇ。けっこう酷いこと言ってしまったような(苦笑)
B:<緑の傘6>は案の定、正選が三点入ってるね。
A:それが私にはなぞ。
B:Aの評価してた<緑の傘3>は完全にスルーされてるね。
A:ねぇ。どうなってんやら。<緑の傘4>とかも、逆選ひとりだし。
B:逆選ってのは少し首を捻るかな。正選まではいかないけれど、次点は取ってていいと思う。
A:だよね。
B:では、今日はこんなところで。
A:ほい。
posted by A&B at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 対談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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