2006年07月06日

緑の傘編(04)

<緑の傘17>
 まったく世界は気の抜けた様。ぼくが退屈していると、色泥棒があらわれた。信号も機能しない、渋滞のひどいスクランブルで、カップルは皆手を離し、めいめいアサッテの方を向いている。犯人を退屈しのぎに追ってみる。実は一瞬、その後姿を認めたので。逃すまい、と眼鏡をくいっと上げ。
 コーヒー香る、オープンカフェを過ぎる。
 デパートを上から下まで。なめらかなリズムが店内に響いてる。
 たどり着いたのは遊園地。歴史も古く、小さな小さな。客足はまばら。平日だからよけいに閑散として、ああ、祝日はもうないんだった。けれども、それでも何か。
 ああそうか。花泥棒。
 園内のそこかしこにあるうちの一輪を、摘みとり、そっと吹く。綿毛がふわふわ。
 いけない、雨か。のっぺらな空から、見えないが、気に入りのミリタリーシャツに染みて。冷たい。傘泥棒はとっくの事だから、屋根の下に逃れた。止むまでこうしてるしかない。
「良かったら、入る?」
 立っていたのは華やかな少女。傘をからりと振るその下で、いつの間に、ぼくの眼鏡を掛けてくすりと微笑む。
「おんなじ色ね」
 盗まれたのは言うまでもない。

B:惜しいかな
A:かな。
B:てっきり色を奪われたから、花が個性をなくし、だから花泥棒かと思ったのだけど。傘泥棒に同じ解釈を当てはめることはできないし。
A:最後の文が書きたいことだろうけれど、それまでが完全に別物になっているような気がする。
B:筆致は好きだけどね
A:筆致はいいよね
B:色泥棒から花泥棒までの前半が、とてもいいと思う。
A:そう。むしろそっちが良い。テーマとは関係ないけれど。無理して傘につなげようとしているみたいだね。
B:そうだね。テーマが色に関係していたら、良かったね。……違うか。グリーンの傘ではなく、緑さんの傘、ということなのかな?
A:色泥棒=花泥棒=傘泥棒=華やかな少女、だよね?
B:分からない。
<緑の傘18>
 割の悪い仕事だ。
 予感に捕われた彼は、目の前の建物を見上げる。
『M耳鼻科医院』、と書かれた看板がまだあったが、廃業して三年はたっているはずだ。
 依頼人はここにいるはずなのに、人の気配はない。
 悪い予感は最初からあった。依頼人は彼の昔馴染みで、余計なことを知りすぎているのだ。
 空は曇っていたが、そこからは何もわからない。晴れた日がいいと言う人もいれば、雨を望む人もいるのだということを、彼はそのキャリアのなかで学んでいた。けれど、二人が同級生だった昔、彼は依頼人自身からその答を聞いたはずだった。
 鍵がかかっていたら帰ろうと決めたのに、ガラス戸はすんなりと奥へ開いてしまう。
 玄関は薬の匂いがした。
 壁の張り紙の指示に従いスリッパに履き替えた彼は奥へ進み、薄暗い部屋で探していたものを見つける。そして彼は、二倍になった仕事を見事な手際で片付ける。

 再び玄関に戻り、屈んで靴を履いたとき彼は、忌まわしい心持ちに捕われ、ふと顔を上げた。緑の傘。そこに克服すべき恐怖があるかのように、おもむろにそれを手に取った彼は、ガラス戸を抜けて表に立つと、ボタンを押し込み、スプリングを開放した。
 傘はあっけなく開き、そうしてからむしろはじめて、雨が降りだしていたことに気付く。
 やっと思い出す。あいつは雨を望んでいた。
 傘の力は色褪せ、まだしばらくは、彼のキャリアは安泰だろう。

B:話は置いておいて、文章が下手。「目の前の建物を見上げる」や「看板がまだあったが、廃業して三年はたっているはずだ」など。
A:脚本的?
B:例えば、「予感に捕われた彼は、目の前の建物を見上げる」を見てみよう。一行目の心情は論理的な思考から出された答えだろうから予感とは異なる。また、『M耳鼻科医院』という看板を見上げる彼が、予感に捕らわれている必然性がない。「目の前の建物を」と「見上げる」も連動していない。
A:なるほど。
B:「看板がまだあったが」とあるけれど、ここは「看板はまだあったが」とした方がスムーズだし、そもそも「廃業して三年はたっているはずだ」と過去形なら「まだ」は不要。とにかく全編に渡りこんな感じで、文章が鼻について読みづらい。錬度が足りない。たかだか五百文字なんだから、もっと書き込めと思う。
A:そうだね。そういうところは、他にもあって、廃業して三年もたっているのに薬の匂いがするのかとか、そういう場所にわざわざスリッパに履き替えて入るのか、とか、作者に状況が想定できていなくて、さらに読者にそれを伝え切れていないと思う。
B:空への言及も唐突で物語に絡んでこないように見えるし、結末も突然。
A:あと、唐突にボタンとかスプリングとかあるけれど、傘が必ずしもそういう仕組みのものだけではないことを考えると、唐突だと思う。
B:話の筋に関してはどう?
A:まあ以上のような文だから、良く分からない。ハードボイルドっぽいことやりたいんだろうけれど。
B:よく分からないよね。
A:作者にとっては書きたいシーンというか、想像できているのかもしれないけれど、書けてなければ、何の意味も持たないよね。
<緑の傘19>
 お散歩には生憎の、俄な雨でありました。
「ごらん、ちょうど良い物がある」
 お父様は筋の浮いた太い腕を伸ばし、波紋の広がる水面から、ぶっつり私共を手折られました。
「ぞうのみみぃ」
 柔らかな縁をひらひら揺らし、嬢ちゃんの小さな足が泥をはねてゆきます。坊ちゃんは茎から滴る雨を舌に受け「苦いや」と顔をしかめます。お二人の艶やかな髪に光る雨粒を手拭いで払いながら「象鼻酒なら頂くが」と、お父様はお笑いになりました。
 なにせ急拵えの雨除けです、私共は幾度もおつむりから逸れてしまいました。お玄関へ着く頃には、お三人はすっかり濡れ鼠の有様で、お母様は目を丸くされました。
「あら大変、葉っぱのお化けが雨に祟られた」
「これでも、蓮に随分助けられたのだよ」
 白い割烹着のお母様は、三和土に投げ捨てられた私共を、前栽の蹲にそっと挿してくださいました。小さな熱い手にきつく握られ傷んだ茎に、澄んだ水が染渡ります。ほっと身を寄せ合った私共の陰へ鮮やかな若緑の小蛙が、心細げに這い寄りました。空はなお暗く、雨足も激しくなってまいります。
「あと、もう一働き」
 私共は互いを励まし、小さな雨の落とし子へ萎れた葉を深く差し掛けたのでありました。

A:情緒があって、良いね
B:緑の傘と聞いて最初にイメージしたのが、トトロが持っていた葉っぱの傘。きっとそのイメージに通じる作品があるだろうと思っていたけれど、テーマ直結で平凡なところに落ち着いてしまうだろうなと思っていた。が、これはいいね。テーマ直球でありながら、投げられているボールが野球とかじゃなく、蹴鞠
A:蹴鞠ね。まあ言いたいことはなんとなく分かるよ。そうだね。多少、文体が読みにくいかな。演出としては効いているんだけど。
B:完成度が高いから、かえって言うことないね。
A:そうだね。良くできているね。
B:読みづらさは愛嬌でしょでしょ。
A:それも魅力のひとつか、すごいね。
<緑の傘20>
僕は緑いろに染められた傘が好きだ。雨の日はもちろん、晴れの日や曇りでさえも差していたいと思う。
夜空の星をながいこと見上げていると空間の感覚があやふやになり、まるで自分が逆さまにぶら下がったまま星を見おろしているような気持ちになることがあるが、頭上に掲げた緑いろの傘を見あげる僕も、それと異なるところはなかった。
天体の社交性まで見抜く慧眼と、ならんだ靴を乱すことのない良識を備え持つ早熟な物理法則は、僕が緑の海へ呑みこまれるのを止めたりはしない。
人々は落涙を恐れる。しかし重力は涙をこらえる者ほどよろこんで裏切るのだ。時計の正確さが、自然の偶然が光速を乗りこえて作った平行時間軸に否定されるように。
僕はりんごの虚ろ言の皮を剥いだ。反された手のひらから離れ、奇跡的な飛行能力など手にすることもなく(なにせ僕はスカートをはいていないから)、しっとりと湿った草原の土に、頭頂部から落下する。
僕の首が折れるひときわ大きい雨の音が寝ぼけ眼のふきのとうを目覚めさせるだろう。

B:いや、これは駄目でしょ。つい認めたくなってしまうけれど。
A:非常に読みにくい
B:漢字が多いわりに句読点が少ないよね。そのわりに変なところはひらがなになっていて、リズムが掴めない。
A:行ごとに別のイメージを要求されるようで、なんだかまとまりが感じられない。
B:そうそう。「人々は落涙を恐れる」の下りなどは光っているのだけれど、すぐに別の話になってしまうから広がりがない。勿体ない。
A:それでもって、結局は「だから何?」で終わっているように思う。いや、そうでもないか。
B:これは「だから何?」じゃないでしょう。そもそもにして世界観という舞台がないから、そこから物語が始まりようがない。したがって、言うなればむしろ「何で?」系。まあ、でも、この作品の場合「何で?」に対する答えは、明確だと思う。意味なんてないでしょう雰囲気や語感を楽しむだけだと思う。そのわりに読みづらいけど。
A:うーん。はじめは、傘と僕との上下関係の反転の話で、それが、傘をはさんで反対側に僕の役割が反転している、ということかな。僕→雨、ということで。
B:そうかもしれないね。
<緑の傘21>
 足もとに犬がいるのが見えていて、だんだん近付くと、緑の傘が時々くるっ、くるっと回っているのがわかった。追い越し際に犬をちらっと確認する。よし。犬はいい。いつか飼いたい。いつか、と時々思いながらそのまま終わるのではないかと思うようにもなった私は傘を持っていず、小雨のぱらつく土手を急ぐ。左右に雑草が強く生い茂っている。本当によく茂っている。花まで咲いて、暗めの空をうつしている。既にペダルをこぐ足がだるくなっていたが、土手を下りる前になだらかな上り坂があった。坂を上ったらそのまま土手を進みたいような気になり、気になっただけで私は土手を下りている。下りながら今度の日曜はどこかへ、例えば隣県まで出かけようかと考える。ぱらぱらと雨は止みそうで止まない。週末も雨だろう。週間予報では雨だった。「イラッシャイマセ、コンニチハア」と迎えられたのか追い出されたのかわからない、多分どちらでもないコンビニに入ると、透明なビニール傘が売られていて、私は緑の傘が欲しいんだという気がして、それは嘘だと思った。日曜は出かけようと決めて、それをひっくり返すべきかと悩みながら、百三十八円の甘そうなミルクティを手にとった。

B:よし、オッケー
A:不明確な感じを演出しているのだけは、分かったけれど、オッケーか?
B:よし、説明しよう。
A:聞こう。
B:まずは、この作品をいくつかの要素に分けるところから始めよう。ひとつは見えるようで見えない場景。ペダルという言葉が出てくるまで主人公が自転車に乗っていることを読者は知らされていないし、コンビニに入るときに自転車を降りるという記述はない。この点から、かなり文字が削られていることが分かる。ひとつは改行がないこと。ひとつは句読点の位置も変なところにあるということ。ひとつは描写がころころ変わること。以上から類推されるのは、すべてが一続きの物語で、そしてここで描かれているのは主人公の思考だということ。下手な言い方をすると思考垂れ流しなのだけれど、この作品がどうしていいかと言うと、リアリティがあるから。確かに我々はときに、犬を見て「飼いたい」と思うし、直後に「でも結局は飼わないよなあ」と思ったり。自転車に乗っている最中は、あまりそのことを意識せず、コンビニに入るため自転車を降りるという動作も無意識のうちに行っている。とても忠実だと思う。人間の思考に。そこが素晴らしい
A:一続きの主観だというのは分かったけれど、曖昧さがリアリティかどうかには少し悩むなあ
A:「イラッシャイマセ、コンニチハア」なんかは、むしろ意識しないでしょうし、意識するなら温度とか空気とか、そういうものが欠けているんじゃない?
B:いやいや、きっと店員の声が刺々しかったんだって。だから一瞬だけ意識して、すぐに思考が次に移ってしまっている。
A:そうなのかな。「それをひっくり返すべきか」というのは、何だろう。
B:まあ、でも温度はあるかもしれない。店員の声より「涼しい声が私を包む」とかの方がいいね。
A:かな。まあそうか、オッケーか。
B:「それ(=日曜は出かけようと決めて)をひっくり返すべきかと悩みながら」じゃないのかな。出かけようかどうしようか迷ってるんだって。
A:「べき」は変じゃない?
B:いやいや、だってそれまでずっと直前の思考を否定するのを繰り返していたじゃない。だから、主人公のスタンスに則るなら「べき」ということだと思うよ。
A:むしろここで、ここまでの曖昧さをわざとやっていたような印象が出るように思うんだけど。
B:え、曖昧かなあ……
A:曖昧というか、すぐに否定するから、そういう印象になる、というか。無意識じゃなくって、わざとそうしていたような気がする
B:ああ「結局、お前はどうしたいんだよ」ってこと?
A:いやいや、曖昧なのは、それでもいいんだけど。
B:うーん、Aの言っていることは、よく分からないけれど、優柔不断な人はこれぐらい曖昧でやることに矛盾があると思うよ。
A:決められない、ってことでは、そうだよね。でも「ひっくり返すべき」で突然、能動的になっているように思うんだけど。
B:傘を持ってないから急ごうとしているのに寄り道しちゃうし、コンビニに入って傘を見てるのに飲み物を買ってしまうし。「それをひっくり返すべきかと悩みながら」だから、結局は悩んでない?
A:そう。だから、優柔不断にするようにわざとしていて、それを自覚しながら悩んでいるような
B:そんなもんだって。優柔不断気取りの自意識過剰なんだって。いーちゃん的じゃない。
A:悩むためにわざと直前の否定をしている感じ。まあ、いーちゃんが何か知らないけど、優柔不断気取りの自意識過剰か。そうだね。


B:それじゃあ、集計結果でも……<緑の傘17>は正直、意外。
A:そう?
B:500文字の心臓では、こういう作品にこそ正選をあげちゃいそうなところがある。
A:そうなんだ。謎の団体だね、500文字の心臓。
B:<緑の傘18>は、まあ、いいとして、<緑の傘19>は、ちょっと少ないんだけど! どういうこと、これ!!
A:ほんとだ。酷すぎる。あまりにも見る目がないというか、なんというか。
B:酷い!
A:ね、酷いよねぇ。
B:酷い酷い。いい作品を評価せずに、何を評価するというのだ。ぷんすか。
A:<緑の傘20>と<緑の傘21>はまあ、順当、かな。
B:<緑の傘20>はいいとしても、<緑の傘21>は少ないよ!
A:いや、こんなもんでしょう
B:くぅっ、正選に二点入っただけで妥協しないと駄目なのか……。
A:むしろ正選減らして、次点を増やせばいいくらいじゃない?
B:いやいやいやいやいや、そんなことはない。正選、四点ぐらいあっていいよ。
A:そうかな。リアリティのある主観、てだけで、そこまで評価されるものかな。
B:これは、だって文学だよ? 町田康に迫るものがあるよ。
A:いろいろ知らなくて悪いけど、町田康も読んだことないや。でもまあ、Bがそこまで言うなら、そうかもね。
B:じゃあ、今日はこんなところで。四日目にして、ようやく半分か。
A:じゃあ、また明日。
posted by A&B at 17:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 対談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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