2006年07月16日

MSGP 2006 2nd(02)

 MSGP 2006 2nd ROUND を取り上げ、対談しています。
 まだ選評を済ませていない方は、閲覧をご遠慮ください。
▼▼ 第6試合:『ひからびさん』▼▼

赤コーナ: 雪雪
ピンクひからびさんのカップにお湯を注いで三分。自分で蓋を押し上げ「御用ですかー?」あどけなく尋ねるあつあつのひからびさんに、娘への伝言を頼む。真剣に聴き入る表情は、ごく小さいのに遠くはないので、奇妙にあざやか。
人肌くらいに冷めるのを待って、どっこいしょとテーブルに片足を乗せて、股ぐらを差し出す。「毛はまとめて掴んでね、痛いから」「あいよっ」ひからびさんは外陰部に取り付き陰唇を掻き分けて高窓から忍び入る忍者みたいにするりと潜り込む。産道を滑らかに遡行して子宮に到達したのがわかる。しばらくもぞもぞして反転。「ぷはー」と言って出てくるところを掌で受け止める。「あなたが最初のお友達よ」「てへへ、羊膜越しでもべっぴんさんでしたよー」ひからびさんは暗視が利くのだ。
翌朝、どぶ臭い水の染みがテーブルまで続いていて、ピンクひからびさんの姿がない。脱走ひからびさんの地下組織に誘拐されたにちがいない。
救助隊を編成せねばならない。
迷彩ひからびさんのカップを三個用意してお湯を注ぐ。注ぎ終わりの時間差そのまま、三分きっかりに迷彩ひからびさんはびしっと蓋を跳ね上げ敬礼する。敬礼する。敬礼する。

青コーナ: 赤井都
 投薬ミスで大変だったそうよ。そんなふうに呼んじゃ悪いわ。そう203号室のオカモリさんは言った。
 いいのよ。子どもが生まれたら、親は遺伝的にはもう用無しなんだから、ひどい話でもなんでもないわ。301号室のユウヨさんは、いつもながら理屈っぽい。
 あはは。私は笑ってごみを置いて、部屋へ戻った。
 ベランダで洗濯物を干していると、下の公園にひからびさんが出ていた。あんなにみっともなくなっちゃって、家に隠れてればいいのに。
 でもひからびさんは、朝の太陽の下、ベビーカーを押して、砂場の周りをゆっくりゆっくり歩いていた。
 ひからびさんの子どもは、すぐに大きくなった。ひからびさんはいっそう痩せしなび、とても私と同い年とは思えない。事情を知らない人が見たら、祖母、いや曾祖母かと思うだろう。
 毎日、洗濯物を干しながら、下の公園を見る。なぜか気になって、見てしまう。朝日を浴びて、ひからびさんはいっそう黒ずんで見える。子どもが走り回っている。あ、転んだ。ひからびさんはベンチに座ったまま笑っている。昨日も笑っていた。私はシーツを、ぱんぱん、と引っ張って干す。今日もひからびさん、笑っている。

Bいっやぁ、赤コーナ、面白いなあ!!
A:あれだね、支持するコーナが被ると対談的にどうよ、と思うけれど、赤コーナいいね。可愛らしい。
B:読み始めた当初は、よく分からなくて、また陰唇かよとか思ったけれど。
A:また陰唇かよ(笑)
B:イメージできるようになると、そのバカらしさや真剣さがとても素敵な味を出しているように思う。いいね。青コーナも悪くないのだけどね。ちょっと、角田光代っぽいかな。
A:私は青コーナは少し読みにくかったかな。最初「投薬ミス」ってあったから何号室っていうのが病室かと思ってしまって。
B:あ、ああ。そうかもしれないね。そこらへんはあまり考えずに、さらりと読み流してしまった。
A:シーツとひからびさんがセットで描かれていて、それがなんか象徴的な感じのような、対比されてるような、不思議な感じで、そこは巧みだなと思った。
B:赤井都さんは基本、巧い系の人だからね。読むたびに同じ書き手として感心させられる。
A:それでも赤コーナの方が面白く思うんだよね。どうしてだろうね。奇抜だからかな。
B:同じく。今回は純粋に雪雪さんに軍配が上がったってことでしょう。と言うか、雪雪さんも巧い系の人だと思う。<緑の傘36>の人だよ。覚えてる?
A:ええとね、思い出そう。少し待たれい。……「わくわく」の人か!
B:そうそう!
A:そうかあ「わくわく」さんかあ。なるほど納得。さすがだね。
B:勝つのは、まあ、赤コーナでFA。
A:赤コーナだと思う。

▼▼ 第7試合:『あふれる』▼▼

赤コーナ: 波
どっくんどっくん、吹き出る沸き出す艶やかな色。幾筋もの流れをつくる。次から次から出るにつれ、床の上の小さな池がゆるゆる広がる。床と液面の境界曲線は、見る間に形を変えていく。
あたしも薄々そんな気がしてたのよ。こらえてこらえてこらえたものは、いつかやっぱりこらえきれずに出てきちゃうんだって。
知らなかったのは、超えてしまった後のこと。いつ来るか、いつそうなるかと怯えてた時に比べたら、そうなっちゃった後は穏やかなもの。掌に残る感触も、今は一仕事終えた清々しさだけ。うまいこと決まったよね、とか。スマッシュヒットってやつだよね、とか。
でもこれ、片付けないといけないよね。ほっておいたらたらきっとすぐ臭いはじめるし。
だけど、滅多にないことだし。折角だし。もうちょっとだけ。
見慣れた床が見慣れない色に染まる様を、あたしは無心に眺め続ける。

青コーナ: 砂場
容量を越えて満ち、こぼれること。「風呂はアヒルさんで──れていた」「遊び心に──れていればいいってものでもない」「二十八世紀、人類は次元・時空間移動技術を手に入れたが、同時に未知の敵《──れる》を発掘」「ヒッ」

「ばかっ、変な文字入れるなよ。見つかるだろ」
「悪かったけど……何言い出すんだよ、あんた。つか、なんでど真ん中な単語に逃げ込んでるんだよ、俺らは」
「灯台下暗し。ついでに前の人たちに警告しとこうかと思ってな」
「誰があの用例、本気にするかよ。ただもう怪し過ぎるってだけだって。つか、あんた、歴史に干渉するなよな」
「ふふん。誰が本気にするかよ」
「後で本部に削除されるのがオチだと思うけど。つか、いつ帰れるんだよ、俺らは。あいつどこまで行ったんだよ……」
「もう捕まってて、──れさせられてたりして」
「うるさいよ、おっさん」
ピィィィィィィィィ!
「うわっ、見つかった」
「読まれてたらしいな」
「つか、あんたのせいだな、あんたの変な用例」
「『ヒッ』の方が変だろ」
「くそ。──れるなんてごめんだっ。……あ? おい待て、おっさん、俺を置いてくなよっ。怖いだろ。ううわ、俺こんな訳わかんないのもうい(500文字)

B:ああああっ、迷うなあ迷うなあ。青コーナは申し訳ないけれど、根多加良さんのデッドコピィだよね。ヴァリゾープを思い出してしまった。だからと言って、赤コーナが格別、面白いわけでもない。ううむ、難しい。
A:青コーナは500文字からあふれさせたってえことでいいのかな? どっちを選んだら良いか迷う、ってよりは、どっちかを選ばなきゃならなくて困る、ってところだなあ。
B:青コーナの方は、正しく理解できているかどうかは分からないけれど、いわゆる多重構造だと思う。辞書を編纂している二人の人物の会話のようでいて、実はその会話自体も辞書の用法の一部であるという。会話自体が辞書の用例というのは、「もう捕まってて、──れさせられてたりして」や「くそ。──れるなんてごめんだっ。」などから類推できる。
A:三人目がいるよね。「あいつどこまで行ったんだよ」って言ってるし。
B:え……? なるほど。三人で編纂していて、三人目は「ど真ん中な単語」には逃げ込まなかったということ?
A:何かから逃げてきて、「ど真ん中な単語」に三人で来たけれど、うち一人が偵察か何かに行って、帰ってくる前に読まれて見つかって、みたいな状況なんじゃないかなー、と思う。編纂してるかどうかは、かなり疑問。
B:え、そうかなあ。この解釈にはちょっと自信あったんだけどなあ。しかし、確かに「あいつどこまで行ったんだよ」という科白からは、「偵察」を感じさせるね。
A:ね。赤コーナは、なんだろう。おもらし?
B:それは考えなかった。ふつうに血液をイメージ。
A:あ、血でいいのか。床を流れるのと、「こらえてこらえてこらえたもの」つまりあふれたものは、別だって可能性があるね。
B:もしくは、ただ単に何かが染み出ているのかもしれないけれど、ぶっちゃけ、何でもいい。そんな上手くないと思う。
A:語り手は殺人者で、目の前には血を流し続ける死体がある状況じゃないかなあ。その出血と語り手の感情が上手いこと混ざっているのは巧みだと思う。
B:え、巧み? そうかなあ。どちらかと言えば、青コーナが好き。勝ち抜きそうなのは分からない。僅差で青かなあ。
A:逆だな、私は。僅差で赤コーナじゃないかと思うけど。
B:僅差って部分では同じだね。
A:同じだね。

▼▼ 第8試合:『ナマコ式』▼▼

赤コーナ: まつじ
 博士博士どこに行ったんですか、と探す彼はまもなく腰を抜かすことになるのだった。
 一個の生物を数式で完全に表現するのだという博士は自らの研究について、ちょっとした芸術みたいだワハハと笑いながら話した。
 それにしたって何故こんなものを、と思うけれど
「だって好きなんだもの。」
 と言われれば仕方がない。
「体のほとんどがね、水とコラーゲンで出来てるんだ。旨いし、肌にもいいよう。」
 食べながら語る姿も懐かしく、今となっては全身これコラーゲンと化した博士を水槽の外から眺めるばかり、何か惹かれるのだよなあ、ああいうふうに暮らしたいなあという願い叶って幸せなんだろうか。
 世間では研究室を飛び出した数式が町をゆっくりと這いずりニュースを騒がせている。触れたものは即感染、博士同様煮こごり状、軽度の場合でも生活がそれらしくなる等の症状を引き起こすという。
 すべての責任が助手である彼に押し付けられ疲れるが、研究自体にはほとんど関わっていなかったのでどうしたものか、なんとなく博士の世話をしていると、先日トゲに触れた指先が寒天のようになっている。
 あ。
「まいったなあ。」
 うるさいテレビの音が遠のく。
 博士と、黒い塊がのっぺり動いた。

青コーナ: 青島さかな
 七夕にナマコは月を目指す。
 空に一番近い浅瀬に集合した世界中のナマコたち。黒も青も赤もみんな夕焼け色に染まり、空に昇る準備をする。ひしひしと身を震わせる余白もない海岸で、けれどまだまだナマコたちはあちらこちらから集まってくる。ついにナマコたちはナマコたちを踏み台にし、自らの背を次のナマコたちへ譲りはじめる。そうして次のナマコたちはその次のナマコたちに背を譲り、うずたかく積み重なりながら、ゆっくりとゆっくりと月を目指す。
 柔らかいナマコでできた塔は安定からは程遠いところにあって、ゆらゆらと揺れている。大きく揺れるたびにぱらぱらとナマコたちが剥がれ墜ちて、ぱしゃんと音を立てて海に弾かれる。それは空に憧れた罰を受けているように海の上で溶けていくのだけれど、そんな姿になってもなお月を目指そうと塔に近付いていく。けれど溶けたままでは高くは登れない。硬いナマコたちは上を目指し、墜ちて、柔らかくなる。
 すべてのナマコがたゆんと溶けた頃には、夜空に天の川が鮮やかに棚引いている。

B:青コーナも悪くないけれど、やっぱり赤コーナかな。青コーナは、ちょっと『空の上のおもちゃ』っぽいね。
A:えええ、青のが面白いと思うけどなあ。
B:いや、だんだん分かってきた。読みながら、Aは青を推すだろうと思ったもの。でもね、ここは譲れないね。赤コーナだね。まず「全身これコラーゲン」というのが素晴らしい。脱力系奇想。全編から、助手の主人公の「もう、マジ勘弁してくれよ」という主張が見えている。素晴らしい。
A:いや、テーマからナマコと式を使っただけで、安直だよ。そこいくと青コーナは感動系だね。ナマコなのに。ナマコのくせに。しかも幻想で締めていて、すごく綺麗な読後感。ナマコなのに!
B:くそう。反論したいけど、その通りだ。確かに安直だ
A:ふっふっふ。奇想としては評価するけれどね。
B:しかし「世間では研究室を飛び出した数式が町をゆっくりと這いずりニュースを騒がせている」なんて描写はどうよ? これは紛うことなき天才の文章でしょう。まつじさんに言葉選択の天才という称号を与えてもいいと思う。
A:式を活躍させないとナマコ式のテーマに沿わないからそう書いたんじゃないかと思うけれど、どのあたりが言葉選択の天才?
B:「数式が町をゆっくりと這いずり」って部分。数式が町を這いずり回るわけがないのに、こんなのを書けてしまうのが熱い
A:いやでも、ナマコなら這いずり回るでしょう。
B:くっ。もういい!
B:赤コーナの素晴らしさは、抱き締めて離さないからAには教えてやらない! でも勝ち抜くのは青コーナだと思う……(弱気
A:弱気だなあ。まあそれだけ青コーナが素晴らしいってことだよ!
B:うん、そうなんだよね。ナマコナマコ連呼しすぎではあるのだけれど、やはり美しいし、絵になる。

▼▼ 第9試合:『文鳥のこころ』▼▼

赤コーナ: 春名トモコ
 五歳上の従兄は、縁側に置かれた籠の中の文鳥ばかり気にしている。何が楽しいのか、その鳥は一日じゅう歌い続けていた。高く転がる声は、姉の、小さいけれど涼やかに響いた笑い声を思い起こさせる。
 二週間前。いつも俯いてひっそりと微笑んでいた姉は、突然死んでしまった。「鳥籠の鳥には死者の魂が宿るそうよ」と、亡くなる数日前に言っていた。
「惣一にいさん」
 強く呼びかけて、ようやく従兄は私が問題を解き終わったことに気づいた。大学に通う為にうちに居候している従兄に時々勉強を見てもらっている。座卓の向かいで採点をしている従兄を見つめた。こちらの視線に少しも気づかない。この前まであんなに私の唇や首筋を意識していたのに。もう少しだったのだ。なのに何もかも台無しになってしまった。
 おとなしく、控えめで、誰よりも計算高かった姉が死を選んだ理由。すべて姉の思惑どおりになった。従兄は文鳥に姉を重ねて見ている。魂が宿るなんてそんな作り話、私は信じていない。けれど、従兄の肩で見せつけるように高らかに囀り、私の指には鋭く噛みつくこの鳥には、本当に姉が乗り移っているのではないかと思う時がある。
 忌々しいこの鳥を食い殺してやりたい。

青コーナ: 瀬川潮♭
 彼の脳裏に幸せだった日々が蘇る。
 屋根より高い空が見える窓を訪れたこと。赤が好きだった一人暮らしの女に飼われたこと。彼女の両手の中で水を浴び、眼鏡の上に乗ってじゃれたこと。たまに遊びに来る男どもを片っ端からくちばしでつついたこと。文さんと呼ばれ、たくさんの餌と笑顔、何より愛をくれたこと。赤い唇が良く動き、しゃべって、笑って、歌って。自らも精一杯真似して動いて、さえずって、歌って。そして、赤い目で泣いていた彼女を慰めようとした時、自身の体が人間の姿になったこと。
 彼女は、彼の涼しい顔が好きでよく撫でた。
 それなのに別の男たちを愛し続けた。
 もともと小さかった彼は、大きな体の大きな心の隙間を埋めるため自分で自分を慰めた。男が代わるたび、何度も何度も。彼女の視線を感じながら、何人もの自分で。
 やがて心に隙間が無くなった。仕方なく、彼は失ったくちばしの代わりに包丁で男をつついた。勢いで彼女もつついた。声にならない声を赤い唇から発していた。
 だから、屋根より高い空が見える窓を開けて叫ぶ。
 だが声にならない。静かな空に向かって、彼の口から白い文鳥がばさばさと飛び立っていった。
 何羽も、何羽も。

A良く分からないなあ、青コーナ。
B:ええっとねー。青コーナは、男好きする女の子が文鳥を飼っていて、文鳥が人間の男になって、男になった文鳥が女の子とその彼氏を殺したってことじゃないかな。そのまんまだけど。深読みを要する箇所はないように思うので、奇想を描いただけだと思う。けれど、それほど尖がってないし、漢字が多く比喩が分かりにくいので、その奇想が分かりにくくなってしまっている。つまり、駄目
A:そのへんの概略はなんとなく分かるんだけども「もともと小さかった〜」の文とか「心に隙間が無くなった。仕方なく、」というのも理由として良く分からない。
B:「心に隙間が無くなった」は確かに引っかかる。自身の心に生まれた嫉妬を、自身の中で処理しきれなくなったという意味だけだと思う。
A:ああー、なるほどね。処理しきれなくなった、か。そうか。
B:メモリに余裕がないから、止まっちゃう、みたいな。
A:なるほどね。
B:で、赤コーナだけど、これはかなり上手いよね。
A:そうだね、赤コーナいいね。
B:「この前まであんなに私の唇や首筋を意識していたのに」のくだりには思わず拍手した。ここらへんから一気に物語が加速するよね。非常に秀逸
A:そうそう。しかも書いてあるのは「私」のこころなのに、テーマでもある『文鳥のこころ』が手に取るように伝わってくる。素晴らしい。
B文句なしだね。
A:そうだね。
B:これは、赤コーナの圧勝でしょう。☆をつける人も多いと思う。
A圧倒的に赤コーナを支持するね、私も。

▼▼ 第10試合:『バニシングモーテル』▼▼

赤コーナ: sleepdog
 宵闇の二番星に牽かれ、沿道の標識に目もくれず、二人はただカーステレオに身をひたし、長い道のりを駈けていく。今夜のために彼女は新しい夏服をまとい、遥かな淵からやって来た。果てしなく天に横たわる河は、時を得てティアラのように輝いて、照り返す河面の銀が小さな車影を明るく染める。
 やがてすべてを置き去ると、河のほとりに黄色いネオンがぽつんと見えた。野暮ったい看板はいつまでも変わらない。車を停め、砂利を踏み、手を取って一室へと迷い込む。彼女のスカートは淡い光の尾を引いて、ぽろぽろとアステロイドの欠片をこぼす。言葉などない。覚悟はもう決まっていた。
 後ろ手にドアを閉ざす。
 星の子として生まれた二人には、侵してはならない絶対の誓約があった。けれど今、彼らのくちづけは唇から先へと伝い、指先は互いの秘密を赦し合う。これを導き入れたとき、一粒の雫さえも残らないだろう。全部わかっていながら、二人は鼻頭をすりあわせ、ほんの一瞬、あどけない笑みを取り戻す。
 周囲の六面はすべて失せ、際限のない紺碧に包まれる。
 彼女が二三歩退いて合図する。抱きとめようと手を伸ばせば、終焉の夜風が心地よく胸の奥まで沁みわたった。

青コーナ: 黒衣
 車もなかったのに、一度そういうところに泊まったことがある。
 ゼミ合宿の帰りだった。夕方からの大雨で、共同発表した友人と二人、山奥の小さな駅で足止めとなってしまった。
 半泣きの友人を励まし、県道沿いをめちゃくちゃに歩いて、やっと見つけたのがそのピンクとブルーのネオン看板だったというわけだ。フロントも何も分からずに、一室に転がり込んだ。
 他に客の気配はなく、部屋の赤絨毯は毛羽立ち、カーテンの白はベージュになっていた。風呂場はむやみに広くて、クレゾールの臭いがした。ほこりっぽくはなかった。
 風呂と屋根があるだけ幸いと一泊して、翌朝。雨もやみ、出発しようと玄関に行くと、ドア下の隙間に小さな紙が差し込まれていた。綺麗なカードに見事なペン字が書き付けられていた。
 「あなた方が最後のお客様です。ながい間、皆様の愛と欲望を喰べ、夢と憩いの時を差し上げてきた当館も、競争に敗れ、その役目を終える時を迎えました。お代は結構です。ありがとうございました。マヨヒガ・イン支配人」
 結婚した後に車でその辺りを通ったが、もうマヨヒガの跡形も無かった。
 手元に残ったのは、その時の泣き虫な友人が、今は我が夫だという珍現象だけだ。

Bうわっはーっ! 青コーナ最高! こういうの大好き! いいねいいねっ。
A:そうだね、赤コーナはなんだか少し冗長な気がしなくもない。
B:赤コーナは最初、七夕の話かと思いきや、そうでもないみたいだし。結局「だから何?」だったと思う。
A:あれ、七夕じゃないの?
B:やっぱり七夕? まあ、どうでもいいけど。
A:まあそうだねえ。描写がなんだか鼻につくというか、読んでいて疲れた
B:それに比べて青コーナはどうよ。見せ方も上手いし、テーマをダブルミーニングで料理している点もいいでしょう。二回戦の中でも一押しレベル。
A:ダブルミーニングには気付かなかったけれど?
B:ええっとね、マヨヒガっていうのは迷い家のことで、山の中にあったりなかったりする家のことだったように記憶しています。民間伝承のひとつで、遠野物語とかに出ていて、あったり消えたりする家のことです。つまり、マヨヒガ=バニシングハウスと言え、かつこの作品ではマヨヒガ・インというモーテルがバニシング(=消滅)している。
A:へえ迷い家というものがあるんだ。なるほどね。むしろマヨヒガ消えて、いまや夫婦、なのかと。
B:駄洒落じゃん!
A:ごめん。
B:でも、そういうのもありな作品だよね。町田康っぽい。
A:面白いよね青コーナ。
B:これは断然、青コーナ……と思うけど、500文字の心臓的には赤コーナも捨てがたい。僅差で青と言ったところか。
A:そうかなー。まあ500文字の心臓については私は詳しくないので、青コーナ絶対優勢だと思うけどな。

▼▼ 第11試合:『泳ぐ空』▼▼

赤コーナ: 峯岸
 天女が花を投げる。馥郁たる花散る午後、まだら雲の西へ流れるを見て諍う二人がある。曰く「雲は空を泳いでいるのである」、曰く「空の泳ぎに雲が押されているのである」。二人の体に触れたる花はぴたり吸い付き、いっかな手で振り落とそうとするもままならぬ。
 掛かる折り一人の僧が通りすがる。しかるにこの僧に於いて花はただ掠めるばかりにして花粉の一粒さえその体に喰らい付くを避ける。これは霊妙である。二人は道理を訊ねずばおられない。僧は「花を花と思い込むが故に花とした処で離れられぬのである」などと返す。今一つ判らぬまでも二人は甚く有り難がり、次いで件の問答をば僧に聞き糺す。
「互いに誤りである。互いの心が泳いでいるのみ」またもや合点がいかぬものの二人は感服しきり、大いに頷いて見せる。しかして花が舞い上がれば三人そっくり花みどろ。いよいよ打ち払おうとしたとて相叶わぬ。
 俄に陽が翳り夥しい鰯が降り注ぐ。鰯は地面にて爆ぜ、明にさやぎ耳を聾する。誰しも頭を抱え這々の体で逃げ散る。一頻り降り積もれば四囲は累々たる血肉で漲り、傷み掛けの生臭さに早くも蝿が集り出す。見上げれば一切が空。天女も雲も何処へか消え失せている。

青コーナ: 不狼児
 こんにちは。おまわりさん。駐車違反はしてないので、僕は悪びれず声をかける。返事がないのは、別に偉ぶっているわけじゃない。婦警さんの心配そうな眼差しを追って空を見上げると。
 あ、挽き肉。
 と思ったら雲だ。
 まだらに赤く隆起して、渦を巻いた雲だ。
 真ん中に開いた青空から、巨大な何かが落ちてくる。
 ぐんぐんと大きくなる。
 巨人だ。太古の戦争の犠牲者だろうか。途方もなくでかい。挽き肉の雲の数百倍はあるだろう。と見るとまた別のものが目に入った。
 何かいる。
 遠近法が狂ったように、落ちてくる巨人の手前に小さく。
 僕の三十メートルほど上空を、一心不乱に泳ぐ人がいる。海水パンツ一丁で、空気をつかみ、脚をバタつかせ、竜巻のように泳いでゆく。
 ぶつかる、と思った。
 避けられまい。どんなに速く泳いでも。落下物はあまりに大きい。泳ぐ人は物凄い圧力に煽られて雲散霧消。次の瞬間、大地はひび割れ、陥没し、衝撃波は地面を深くえぐって、樹木は倒れ、湖の底が抜け、すべての都市は崩壊するだろう。
 僕は蚤になって、婦警さんに跳びついた。布がはためく。衣更えしたばかりの制服は樟脳よりも強く、犯罪者たちの血と肉の匂いがする。
 僕は婦警さんの胸の上で巨大な地響きを聞いた。

B:「見上げれば一切が空」って!! 峯岸さんは天才なんじゃないだろうか。青コーナまだ読んでないけど、これはもう赤コーナでしょう。馥郁たる名作。……と思ったらなんだなんだ、青コーナも中々うまいなあ。でも、これは赤コーナでしょう。だって、名作だもの。仕方がない。
A:赤コーナ圧倒的!
B:だよね! もうね、作品から喚起されるイメージが空前絶後。作品が作品として、美しすぎる
A:いやあ、いきなり「鰯」ときたときには、めちゃめちゃテンションが上がった、うわお、そうくるか、って。あの傑作に出会った瞬間の高揚感があったね!
B:鰯! だからね。よし、この作品に極上超短編賞を与えよう。
A:そうだね。そうだね。極上だね。間違いないね。
B:青コーナも悪くないのだけれどね。
A:まあね。
B:相手が極上超短編賞受賞作では仕方がない。
A:そう、霞んでしまうね。
B相手が悪かったとしか言いようがないね。
A:ね。
B:と言うわけで、これは断然、赤コーナでしょうっ。
A間違いなく赤コーナでしょうね。

posted by A&B at 19:04| Comment(3) | TrackBack(1) | 対談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

腰が痛いのは辛いものです。
私も14年間悩まされました。

私が考案した腰痛解消法をお試しください。
現在、日本で一番多く実践されるようになりました。

【3分腰痛解消法】で、検索すると見つかります。
腰をお大事に。
Posted by 腰痛アドバイザー at 2008年06月03日 23:15
lQ26なかなかスリリングなНやったでwwwwww
ちょっとビラビラを舐めただけやのにビショビショに濡れるって何やねんwwww
俺の顔もビショビショなった仕返しにたっぷりぶっかけたら全部飲み込んでたで┐(´ー`)┌
おもろかったし10マソもらったしええ思いでけたw

http://motituki.net/mokorin/ZFWD/
Posted by Ei3jミナミ at 2008年07月26日 17:34
Br05どこぞのセレブか知らないが、とんでもない女キタ━(゜∀゜)━!!
お互い紙の下 着付けて水鉄砲で打ち合いしたんだよ。そしたらB地区透け透けだし俺はオッキしてパ ン ツ破けたしスンゲー恥ずかしかったwww
その後はでっかいジャグジーで大声出して普通にヤ りまくりwwwwww
ヤ り終わって体洗いっこした後にシャンパン一緒に飲んで、女から2 0 マ ソ貰いました(゜д゜)!
全部の体験が初めてすぎたけど、超満足っすwwwwwwwww

http://dzz2.net/onamite/SvJu/
Posted by 0uVPひゃく at 2008年07月31日 07:27
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/20877629

この記事へのトラックバック

ペン字
Excerpt: 資格や趣味の向上(上達)の為のサイトです。 資格趣味のブログを集めてみました。
Weblog: 資格・趣味のページ
Tracked: 2007-04-14 02:06
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。